眠れない夜のララバイ 

誰もが自分を愛し、他者とも上手くいき、楽しく暮らすことを目指す、お婆さんのブログです

境界線を「越えない」「越えさせない」で心地よい関係を

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誰にでも心理的な境界線があり、それを越えて自分の領域に立ち入られると苦痛を感じるし、トラブルになったりします。

その境界線とは、自分他者との間にある見えない境目(さかいめ)です。

 

他者? 他人じゃなくて? 

 と思われたかもしれません。

 


大事なことなので、言葉の違いについて説明します。


他人と他者の違いは、親族の扱いかたの違いです。

 

他人・・・①つながりのない人。(親族でない人。何の関係もない人)

     ②ほかの人。自分以外の人。

 

他者・・・ほかの人。別のもの。

 

         岩波国語辞典 第六版

 上記のように、他人には「親族でない人」という意味もあるため、親族(親子、夫婦、兄弟姉妹、祖父母など、血縁・婚姻関係にある人々)が含まれない場合があり、自分とそれ以外の人を区分けするのに

 

自分・親族・他人

 

と3つに分けることになります。

心理的境界線は自分と親族の間に引かなければなりませんが、

「親子は他人じゃないから」

 とか


「夫婦は他人じゃないから」

 などと


「他人」という言葉を使うと、自分と自分以外の人との間にある境界線があいまいになり、不用意に立ち入ったり、立ち入られたりしやすくなります。

 

一方、他者は、シンプルに自分以外の人すべてを指します。
ですから、自分と自分以外の人を分ける分け方は


自分・他者


これだけです。


そこで最初に戻りますが、


境界線は、自分と他人の間にあるのではなく、自分と他者の間にあるのです。
親族も、あくまでも自分以外の「他者」なのです。

 

境界線の範囲は、個人の感性や価値観によっても違いますし、状況によっても違うので、もし境界線を越えることをお互いに納得していれば、問題ないと言えるでしょうが、

 いくつか境界線を越えている例をあげます。

 

<1>母親が結婚しようとしない息子を心配して、親同士のお見合いパーティーに応募して、良さそうな娘さんを持つ親に息子の写真やプロフィールを渡す。


これは、息子さんが納得していれば問題ないですが、そうでなければ明らかに境界線を越えて、息子さんの領域に立ち入ってしまっています。
母親は息子を、他人ではないのだから構わない、と無意識に思っているのかもしれません。

 

<2>ショートカットの髪が好きなのに、夫から長く伸ばすよう言われる。

渋い服が好きだし似合うと思うが、ピンク色の服を着るように言われる。

 

夫は妻を自分好みに変えたがっています。

妻の価値観や好みを尊重しないことも、境界線を越えて立ち入った行為です。

 

<3>自分が進みたい進路に決めたいのに、母親が「あなたにはこちらの方があってるんじゃないの?」と、相談もしていないのに口を出してくる。


心配という名の支配です。

 

<4>友達からのラインやメールの返事が遅くてイライラする。速(すみ)やかに返信すべきだ。

 

いつ返信するのか、返信する・しないも含めて、すべて相手が決めることです。相手に決定権があります。

 

 

 

自分と他者との境界線は、一度決めて動かさないものではありません。

何度でも、その度に決め直していいのです。


考え方の基準となるのは、

 

のことは、誰に関することなのか

 

このことに対する決定権や責任は誰にあるのか


という視点です。


それが自分に関することであるのなら、自分に決定権や責任がありますから、自分で決めていいのです。

 


逆に、いくら口や手を出したくても、そのことが他者に関することであり、他者に決定権があるのなら、本人に断りなく口や手を出すのは、境界線を越えて相手の領域を侵(おか)すことになります。


意見を言ったり、行動を起こす前に、つまり立ち入ろうとする前に、


「私の意見を言ってもいい?」


と先に、立ち入ることへの了解を得るようにすれば、問題ありません。

 

そうやって相手の境界線を一つ一つ確認しながら関わっていくと、相手も尊重されていると感じて、お互いに信頼が育ちますから、心地良い人間関係が築かれていきます。

 

 

 

逆に、境界線を越えて立ち入られてしまったら


「せっかくのご厚意だけれど、私はそうしてほしくないと思っています


「これは私の問題だから私が決めます


「私は、このことに関しては、自分の思うようにやりたいと考えています

 

と、はっきり断ります。

 

主語は「私は」とします。

 

最後を「~ます。」で終わると、相手には決意として伝わるので効果的です。


それでも、重ねて相手が何か言ってくるようなら、何をいわれても構わず、ひたすら同じ言葉を繰り返します。

 

相手「○○ ○○○○ ○○」


自分「これは私の問題だから、私が決めます。」


相手「△△ △」

 

自分「これは私の問題だから、私が決めます。」


相手「××× ×× ×××× ××」

 

自分「これは私の問題だから、私が決めます。」

 

このように何回か繰り返すやり方は、自分の領域から出て行ってもらう方法としては効果的です。

 

 

ほかにも、なるべく距離を取るのもいいです。
空間的にも、時間的にも。

 


その人と自然に離れていくかもしれませんが、無理して合わせなくて良くなったのです。

 

無理をしない方が、人生はうまくいきます。

 

新たにあなたに合った人との出会いを期待しましょう。

 

 

小さな子どもに対しても、原則として、決定権と責任は本人にあります。


例えば、別の子を殴ってオモチャを取り上げてしまった場合、親がすぐ子どもの代わりに謝ったりせずに、自分が何をしたのか理解できるように話してあげるのは大切なことです。

 

これはその子に関することであり、その子に決定権と責任があります。

 

子どもが謝るのを嫌がっても、その責任があることを言い聞かせ、謝る勇気を出すよう励まします。

そして、最後は本人の決定に任せます。

 


もしかして、子どもは謝ることができないかもしれない。

そうしたら、子どもの目の前で、親が代わりに謝ります。

 


その後、謝れなかったことを責めたりせずに

 

「大丈夫。次は勇気を出せるよ」


と声をかけてあげます。

 


子どもは謝まらなければならないことは理解しています。

できなくて、内心自分を恥じたり責めたりしています。

 


でも、謝れないダメな自分を親は許してくれた。


子どもは「許される」という「質」がどんな感じなのかを体験します。

 


また、親が子どもの境界線を尊重してくれたことや、励ましてくれたことは、愛されていると感じて子どもに自信を持たせます。

 

 


お互いの心理的境界線を知り、境界線を越えて立ち入ったり、立ち入られたりしない関係を作って行くことは、誰にとっても心地よい、お互いを大事にし合う関係です。

 

そうやってゆっくりと、人と親しくなって行きたいと思います。

 

 

 

 

それでは今夜はこれにて、、、

今夜もあなたに  Good Night !