眠れない夜のララバイ 

誰もが自分を愛し、他者とも上手くいき、楽しく暮らすことを目指す、お婆さんのブログです

子どもの頃の思い出と、変わる教育界

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七年過ぎても働いてくれていたパソコンが、とうとうダウンしてしまい、新しいパソコンに変わりました。

何日かかったのか、ようやっと初期設定も終わり、なんとか使える状態になりました。

リカバリーメディアクリエーター?

DVD-R?

ショートカット? 

なにせこのレベルです。

今までは中古をもらったり、初期設定付きでプレゼントしてもらったので、これが自分で選び、自分で設定する初めてのパソコンでした。

 

パソコンの初期設定をする「新しい自分」を体験したくて始めたものの、悪戦苦闘。

語句の意味を調べるところからですので、時間がかかります。

毎日夜中までスマホをお供にパソコンと格闘し、寝不足から風邪をひいてしまった私に夫が言いました。

「あまり無理してほしくないと思ってる」

 

 え?

「いい加減にしろ」でもなく「無理しない方がいいんじゃないの」でもなく、

自分を主語にして、自分の気持ちを素直に表現した夫の言葉は、優しくまっすぐ私に届きました。

 

 前回「自分を表現して暮らす」に書いたコーヒーの話に続いて二度目のうれしい変化でした(参考1)

 

「いい加減にしろ」は、「(あなたは)いい加減にしなさいよ」であり

 

 「無理しない方がいいんじゃないの」は「(あなたは)無理しない方がいいんじゃない」という意味で

 

 どちらも「あなたは~」という相手を主語にした話し方で、相手のしていることに立ち入っている言い方です。(立ち入ることについては、改めて書きます)

  

だから心配されてはいるものの、何だかムッとしていました。

 

 しかし今回は

「(私は)無理してほしくないと思っている」

と、自分を主語にして言われたので、夫の気持ちをそのまま有難く受け取れたのです。(参考2)

 

 

 それはさておき、私はデジタル機器をさわりながら、アナログだらけだった子供の頃の暮らしを思い出していました。そして思ったのです。歌の文句じゃないけれど

「思えば遠くへ来たものだ」と。

 

 今回は、私の子どもの頃の思い出について書きます。

 

 小学生の頃、私は東京都23区内の平屋に家族と暮らしていました。

 

母は内職に洋裁をしていました。母の踏む足踏み式ミシンの音や、畳(たたみ)に座って針仕事をする姿が浮かびます。

 母は太っていて暑がりで、夏にはよく口に含むための氷を買いに氷やさんまでお使いに行かされました。

 「暑いと思ったら、今日は30度もある!」

と、時々母が言っていたので、当時は30度は猛暑だったのでしょう。

 エアコンもないので、涼をとるのは扇風機と団扇(うちわ)でした。

また当時は内風呂がある家は少なく、銭湯へ行くのが一般的でした。

 

 

冷蔵庫もないので、食べ物の保存がききません。毎日買い物に行き、食べきれる量を作るか、日持ちする佃煮(つくだに)や塩漬けにするなどの必要がありました。

ですから、売りに来てくれる物売りの人は重宝(ちょうほう)がられていました。

「あさりー、え、しじみー」と独特の節(ふし)をつけて貝を売りに来る人や、ラッパを吹いて豆腐や揚げを自転車で売りにくる人もありました。

 

 賞味期限や消費期限の表示もない時代、頼れるのは自分の目と鼻でした。カビがはえていたり、においが変だからやめようという判断でした。

 

しかし、半分傷(いた)んで変なにおいのするご飯をザルに入れて水洗いし、炒めたりして食べさせられた記憶も何度かあります。お腹をこわしたかどうかは覚えていません。

 

 洗濯(せんたく)は、洗濯機がやってくるまでは、たらいと木の洗濯板で、石けんを使った手洗いでした。間違って手を擦(こす)ってしまうと傷になり長く痛みました。

 

 掃除(そうじ)は、家の中も外も、箒(ほうき)とちりとりです。

学校へ行く前には毎朝、猫の額(ひたい)ほどの庭と家のまわりの道路を箒で掃除すること、というのが我が家の決まり事でした。

 

だいぶ後になって掃除機なるものがやってきたときには、排気は浄化された空気が出てくるというデタラメを誰かに聞いて、子供たちは大きく口を開けて吸い込んだものです。

 

 網戸もなく、渦巻(うずまき)の蚊取り線香は必需品でした。寝るときは蚊帳(かや)も使っていましたが、蚊帳の中は暑くて、おまけに蚊が紛れ込んでいたりして、いつのまにか蚊帳は使わなくなっていました。蚊帳を吊(つ)るのは面倒で、なかなか力もいる作業のようでした。

 

 

 冬は、氷点下まで冷えるのは特別なことではなかったように思います。

「今朝は冷えると思ったらマイナス6度だわ」

という母の言葉を覚えています。

   

子どもの楽しみとして、寝る前に水に少し砂糖を溶かし、湯飲み茶わんに入れ、割り箸をさして板塀の上に置いて寝ると、翌朝には凍ってアイスができていました。

学校が休みの日には、そうやって作ったアイスを持ち寄って食べながら近くの公園で遊んだものです。

 

 

テレビもない時代、子供たちは天気の良い日は外で遊びました。

となりに公園があったので、遊具や砂遊びのほか、鬼ごっこやゴム跳びなど、様々な遊びを上級生から幼児まで入り乱れて。

遊び自体も、自分たちで作ったりして。

 

 

かけ算の九九もゴム跳びをしながら覚えました。リズムが九九に合っていましたから。

 

都道府県の名前も遊びながら覚え、つっかえると上級生が教えてくれました。

 

 

うまい具合に隣に公園があって良かったと思っていましたが、後で父から、公園の近くの家を探(さが)したのだと聞きました。

幼稚園のころ、私は大病をしたこともあり、体力がつくように外遊びがしやすい環境をと考えてくれたようです。

 

 私は内気でおとなしく「居るか居ないかわからない子で」と親が他の人に話しているのは何度か聞いた覚えがあります。

 

幼稚園に行かせるのは経済的に負担だったようですが、小学校へ上がるまでに、人と口をきけるようにならないと、という気持ちから入れたのだと後で聞きました。

 

とにもかくにも、公園のおかげで外遊びの楽しさも知り、学校ではおとなしかったのですが学校とは違う公園の世界も知り、上級生からは、誰かが小さな弟や妹を連れてきても、みんなで可愛がって仲間に入れて遊ぶことを学んだのでした。

 

 

  冬は今よりかなり寒かった当時ですが、暖房は手を暖める火鉢(ひばち)が一つと、堀炬燵(ほりごたつ)だけでした。

 

火鉢は家長である父の横に置かれ、母親と子供たちは堀炬燵のみです。

 

家の中は冷えびえとしており、吐く息が白いことも、珍しいことではありませんでした。

大人も子供も綿(わた)の入った半纏(はんてん)や袖(そで)のないちゃんちゃんこを着て着ぶくれていました。

 

 こたつも電気ではなく、炭(すみ)ですから、燃えて赤くなっている炭の上には金属のドーム状のおおいがしてあるのですが、うっかりそれに触れると火傷(やけど)のおそれがありました。

 時々、布団(ふとん)をめくって逆(さか)さまに頭を突っ込んで、火が消えないよう炭を継ぎ足すのは大人の仕事でした。

 猫もコタツの中がお気に入りでしたが、時にはウンチをしていて、踏んでしまった人が出たりして、大騒ぎになることもありました。

 

 火鉢もこたつも家の中で火を燃やすため、一酸化炭素中毒や二酸炭素中毒の危険もありました。

 

当時は建具(たてぐ)はアルミサッシではなく木製であったためピッタリとは閉まらず、あちこちに隙間(すきま)がありました。

 隙間風が入ってくるのは背中が寒くてイヤでしたが、換気には好都合(こうつごう)だったかもしれません。

 

それでも時々は窓や戸を開けて換気する必要はありましたが。

 

 情報は、ラジオと新聞でした。

 

 

通信は、手紙か電報でした。

 

 遠方の親戚から

「明日〇時〇分東京駅に着く。改札口で待つ」

との電報が届き(電報はカタカナ表記でしたが、読みにくいので変えてあります)

 東京駅の改札口はいくつもあるのになぁと、父が慌(あわ)てて返信の電報を打っていたことを思いだします。

 

その時は、ホームまで迎えに行くから、降りた場所から動かないで、との電文が間に合い、無事に会うことができたのでした。

 

 

 ひるがえって今、パソコンやスマホが普及し、待ち合わせも連絡もスムーズに行われる現代。

あの頃の誰がパソコンなるものの出現を予想できたでしょう。

パソコンがコンパクトになり、電話機能も電報機能も備え、たくさんの人がそれをポケットに入れて持ち歩いている。

誰がこんな風景を想像することができたでしょう。

たった数十年前のことです。

 

 

今の子どもたちはきっと、誰もまだ考えもつかない、

この世にまだ生まれていない新しいモノを作り出し、

今は想像もつかない、まだこの世に存在しない仕事をするようになるのかもしれません。

 

  急速な社会の変化に対応していくために、教育界も大きな変化の時を迎えているようです。

 

2020年度から、学校で教える内容を示した新しい

「学習指導要領(がくしゅうしどうようりょう)

が、小学校は2020年度、中学校は2021年度、高校は2022年度から順番に実施され、大学入試はセンター試験が「大学入学共通テスト」に代わるとのこと。

 

新しい学習指導要領は、これから必要とされる力を三つにまとめ、それらを育(はぐく)む内容になっています。

三つの力は

①知識や技能

②未知の状況にも対応できる思考力・判断力・表現力

③学びに向かう力・人間性

です。

③は自分から主体的に学ぼうとしたり、多様性を尊重したり、互いの良さを生かして協働(きょうどう)したりすることを含んでいます。

 

小学校では、自分から考え、仲間と話し合いながら学びを深めていく「主体的・対話的で深い学び」をすべての教科で目指(めざ)します。

 

また、英語が外国語活動として3年から始まって5、6年で正式な教科になるほか、プログラミングの基礎を学びます。

 

 

「月間なるほドリ」2019年10月号の「変わる中学受験」より   毎日新聞社

 

 

 大きく変わる教育界。

もしかすると未来は「デジタル×アナログ」で開いていくことになるのかもしれません。

 

 

 

 (参考1)の記事です。

www.sepia8.com

 

 

 (参考2)の記事です。 

www.sepia8.com

 

 

 

それでは今夜はこれにて、、、

今夜もあなたに  Good Night !